伊都内親王の名を不朽のものにしているのが、日本の古筆・書道史における最高峰の遺品とされる「伊都内親王願文(いとないしんのうがんもん)」です。この文書は天長10年(833年)9月21日付で作成され、現在は宮内庁が管理する「御物(ぎょぶつ)」として厳重に保管されています。
【願文の現代語訳(抄訳)】母への哀傷と極楽往生への祈り
「伊都内親王願文」は、亡き母・藤原平子の遺言に基づき、山階寺(興福寺)に荘園や資財を寄進した際の誓約文です。その格調高い漢文を現代語に超訳すると、以下のような切実な心情が綴られています。
『謹んで申し上げます。敬愛する亡き母・藤原平子の遺命に従い、山階寺の諸仏・諸菩薩に香灯読経料として田地ならびに資財を永久に寄進いたします。母が生前に積まれた功徳が尽きることなく、迷いの迷妄を離れ、速やかに西方極楽浄土の蓮台へと生まれ変わらんことを願ってやみません。この誓いは天地神明に誓って永遠に変ずることはありません。願主・伊都内親王』
この文面の最後には、伊都内親王自身の細く気品のある直筆の署名がなされ、さらに本人の生々しい「手印(手形)」が紙面に押し当てられています。平安貴族社会において、女性自らの手形がこれほど鮮明に残された史料は極めて稀であり、文化財としての金字塔と称される所以です。