2018年2月2日、報道各社へ送られたFAXにより、二人の離婚が公にされました。連名で出されたコメントには「東京と大阪での移動生活の中で、一緒に過ごす時間や会話が少しずつ減っていった」と記されており、世間では「遠距離婚の限界」が主な離婚理由として受け止められました。しかし、その深層には単なる距離の問題だけでは片付けられない、トッププロ同士ゆえの葛藤と心理的バリアが存在していました。
当時の中島美嘉は、両側耳管開放症という歌手生命を脅かす重度の耳の病と闘いながら、表現者としての限界に挑み続けていた時期でした。一方の清水邦広も、バレーボール日本代表の重責を背負い、連日の過酷な練習と身体のメンテナンスに全神経を注ぎ込む日々を送っていました。
取材関係者の証言によると、大阪の自宅で清水邦広の帰りを待つ中島美嘉は、夫が帰宅しても競技の緊張感や疲労を察するあまり、「自分の弱音や孤独感をぶつけることができなかった」と吐露していたといいます。夫のコンディションを最優先に配慮するあまり、妻自身が息苦しさを抱え込んでしまう悪循環に陥っていたのです。
また、清水邦広も多忙を極める妻に対して「無理をして大阪に通わせている」という無言の罪悪感を拭えずにいました。お互いを深くリスペクトし、大切に想えば想うほど、相手の重荷になりたくないという配慮が心の距離を生んでしまうという皮肉な現実。二人の間に子供はいませんでしたが、それもまた互いのキャリアと激務を考慮した上での選択でした。憎み合って別れたのではなく、「互いの人生の輝きを奪わないための苦渋の選択」こそが、電撃離婚の真実でした。