インターネット上の掲示板やSNSでは、今なお「総理の息子だったから簡単に売れたのではないか」という穿った見方が散見されます。しかし、当時の現場実態を知るテレビプロデューサーや関係者の証言を辿ると、事実は全く正反対であったことが浮き彫りになります。
デビュー当時の小泉孝太郎を取り巻く環境は、恵まれるどころか「極めて過酷な逆風」でした。総理大臣の息子という肩書は、一時的なワイドショーの取材を呼ぶ起爆剤にはなっても、ドラマの現場においては「少しでもミスをすれば猛烈なバッシングを受ける格好の標的」でしかなかったからです。
事実、大手掲示板や週刊誌からは「演技がぎこちない」「話題性だけのキャスティング」と容赦ない酷評が浴びせられました。しかし、孝太郎が非凡だったのは、そうした世間の色眼鏡を決して感情的に否定せず、「下手の横好きから始めればいい」「評価されないのは自分の実力不足」と静かに受け入れた点です。
彼が視聴者の支持を決定的に掴んだ転換点は、自らに貼られた「爽やかで育ちの良いお坊ちゃん」というパブリックイメージを、自らの手でぶち壊したことにありました。日曜劇場などの重厚なビジネスドラマにおいて、冷徹で陰湿な敵役を怪演。育ちの良さを逆手に取った「底知れない冷たさ」を表現できる稀有なバイプレイヤーとして評価を塗り替えたのです。
ネット上で定期的に起こる「小泉孝太郎はなぜ誰からも嫌われないのか?」という議論の真相は、親の威光を享受したからではなく、むしろその巨大すぎる看板の重圧から逃げずに現場で頭を下げ続け、謙虚さを失わなかった生き様に対するリスペクトに他なりません。