水没の危機に瀕するベネチアを救うべく、総工費約60億ユーロ(約9,000億円以上)を投じて建設されたのが、可動式防潮堤「モーゼ(MOSE=Modulo Sperimentale Elettromeccanico)」です。ラグーナと外海をつなぐ3か所の開口部に計78基の黄色い中空ゲートを海底に設置し、高潮予報が出ると圧縮空気を送り込んでゲートを海面に浮上させ、外海の進入を遮断する国家プロジェクトです。
汚職スキャンダルや工期の遅延を経て実戦配備されたモーゼは、果たして看板倒れの計画だったのでしょうか。客観的データを見る限り、その防潮堤効果は極めて劇的です。運用開始以降、以前なら市街地の大半が浸水していたはずの120〜140cm級の高潮を幾度も完全に締め出し、市民生活と歴史的建造物を壊滅的被害から守り抜いています。
しかし、現地では依然として「サン・マルコ広場が水没した」というニュースが流れます。ここに見落とされがちな「運用の壁」が存在します。以下の比較検証データは、モーゼの防御力と日常的な浸水実態のギャップを示しています。
つまり、街全体を飲み込むような大災害は防げても、「潮位90〜100cm前後の日常的高潮」ではモーゼが作動しないため、最も標高の低いサン・マルコ広場周辺だけは今なお水浸しになります。現在はこの局所的な冠水を防ぐため、広場の地下に逆流防止弁を設置し、寺院周囲を透明なガラス防壁で囲む個別防護策が並行して進められています。