インターネット上や日常の雑談で頻繁に見られる言説に、「高度な医療や文明が発達し、自然淘汰が働かなくなった現代人は進化を止めてしまったのではないか」というものがあります。しかし進化学の観点から見れば、この認識は明確な誤解です。
生物学的な進化の本質は「世代交代に伴う集団内の遺伝子頻度の変化」であり、文明社会下でも環境が変われば別の方向への選択圧が強く働きます。事実、過去数千年から数百年のスパンにおいて、人類の身体は目覚ましいスピードで微小進化(マイクロエボリューション)を続けています。
親知らずと体毛が退化した経緯と現代の兆候
その代表例が親知らず(第三大臼歯)の先天欠如です。火の使用と農耕の開始、そして現代の高度に加工された柔らかい食事によって、人間のアゴ(下顎骨)は急速に小型化してきました。咀嚼に不要となった親知らずが生えない人の割合は世界的に上昇しており、一部の集団ではすでに30%以上の人が生まれつき親知らずを持っていません。
また、体毛の退化も体温調節と寄生虫予防の観点から加速しました。衣服を着用し室内環境をコントロールできるようになったことで、体毛による保温の必要性は完全に消失し、毛包を維持するエネルギーコストが削減されています。
現在進行形で起きている解剖学的変化
オーストラリアのアデレード大学などの研究チームが発表した解剖学データによると、胎児期に腕へ血液を供給し、生後まもなく消失するはずの「正中動脈」が成人後も残存している人の割合が、19世紀中頃の約10%から、近年では約35%へと急増していることが判明しています。研究者らは、このペースが続けば数世代後には過半数の人類が正中動脈を保持するようになると予測しています。
さらに、成人が牛乳の乳糖を分解できる「乳糖耐性遺伝子」の急速な普及や、マラリア多発地帯での鎌状赤血球遺伝子の保持など、人類は今この瞬間も環境や食習慣に合わせた遺伝的適応を止めていません。