闘病の壮絶さとともに振り返るべきは、大橋巨泉さんが日本の大衆文化に残した圧倒的な足跡です。早稲田大学在学中からジャズ評論家・放送作家として頭角を現し、その後自らカメラの前に立つ司会者へと転身しました。
『11PM』で見せた深夜番組の新たな地平、驚異的な視聴率を記録し続けた『クイズダービー』、そして世界各国の文化を軽快に紹介した『世界まるごとHOWマッチ』など、彼の手掛けた番組は常に時代をリードしました。「野球は巨人、司会は巨泉」「倍率ドン、さらに倍!」といった数々の流行語を生み出し、昭和のテレビ文化を決定づけた存在です。
そして1990年、56歳という円熟期に突入していた巨泉さんは、突如として「セミリタイア宣言」を発表します。1年の大半をカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの海外で過ごし、趣味のゴルフと読書に没頭するライフスタイルは、日本人に「会社や仕事だけに縛られない生き方」という鮮烈なロールモデルを提示しました。