料理番組や家庭の調理現場で「辛いのが苦手なら種をしっかり取り除いてください」というアドバイスを一度は耳にしたことがあるはずです。しかし、植物生理学や生化学の研究現場において、この言説はすでに否定されています。唐辛子の辛味成分が生成・蓄積される場所は、種そのものではありません。
唐辛子の辛さの正体は、カプサイシン(Capsaicin)をはじめとするカプサイシノイドと呼ばれるアルカロイド化合物です。果実の断面を観察した際、中心部で種子が付着している白っぽくスポンジ状の組織が見られます。この部位は植物学で「胎座(たいざ・通称:わた)」、および果実の内側を区切る「隔壁(かくへき)」と呼ばれます。カプサイシンを合成する細胞小器官はまさにこの胎座の表皮細胞に集中しており、果実全体のカプサイシンの約90%以上がこの「わた」の部分で生成・蓄積されています。
では、なぜ「種が辛い」という誤解が定着したのでしょうか。理由は単純で、種子は胎座に密着して育つため、表面に胎座から分泌された高濃度のカプサイシン油分が付着しているからです。種子そのものを破砕して内部の胚や胚乳を抽出しても、カプサイシン合成能はほとんど確認されません。つまり、辛味を劇的に抑えたい場合に削ぎ落とすべき本質的な部位は「種」ではなく「白くて分厚いわた(胎座)」なのです。
また、人間が感じる「辛味」は、甘味・塩味・酸味・苦味・旨味という基本五味とは根本的に異なります。舌の味蕾(みらい)で感知する味覚ではなく、神経が知覚する「熱感と痛覚」そのものです。カプサイシン分子が口腔内の粘膜に触れると、本来は43度以上の危険な高温に反応する熱受容体センサー「TRPV1(トリップ・ブイワン)」に直接結合します。これにより、体温が平熱であるにもかかわらず、脳は「口の中が高熱で焼かれ、組織が傷ついている」と誤認し、激しい灼熱感と痛みのシグナルを発信します。これが、唐辛子を食べたときに汗が吹き出し、脈拍が跳ね上がる生物学的トリックです。