家庭を捨てた父・三國連太郎と、残された息子・佐藤浩市の間には、長年にわたり深い確執が存在していました。佐藤浩市が役者を志した際、父の芸名「三國」ではなく、本名の「佐藤」を名乗った背景には、偉大すぎる父への対抗心と反発があったとされています。
長らく冷戦状態にあった2人ですが、1986年の映画『人間の約束』や、1996年の映画『美味しんぼ』での本格的な親子初共演を機に関係性が大きく変化します。『美味しんぼ』の記者会見では、役者同士としての火花を散らしながらも、互いの実力を認め合うプロフェッショナルな対峙を見せ、大きな話題となりました。
晩年には互いのわだかまりも解け、佐藤浩市は偉大な先達として父を敬愛し、三國もまた息子の目覚ましい活躍に目を細めていました。2013年4月14日、三國連太郎が急性心不全のため90歳で逝去した際、佐藤浩市が見せた気丈な喪主としての姿と涙は、確執を超えた親子の絆の証明として多くの人々の胸を打ちました。