彼女の人生が大きく暗転したきっかけとして、2006年のトリノ冬季オリンピックを外すことはできない。スノーボード女子ハーフパイプの日本代表として大きな期待を背負って挑んだ舞台。しかし、予選での痛烈な転倒と途中棄権という結果は、彼女の心に決定的な傷を負わせることとなった。
全日本スキー連盟の期待とプレッシャー、そして帰国後の激しいメディアバッシング。弱冠18歳の少女にとって、日本中からのバッシングは耐えがたいものだった。栄光から一転して「悲劇のヒロイン」として扱われ、世間からの冷酷な視線に晒されたことで、彼女はスポーツの世界から心を閉ざしてしまう。ハーフパイプのパイオニアとしての誇りは、あまりに早い段階で崩れ去ってしまった。