文久3年(1863年)、上洛した浪士組を前身として結成された新選組。寺のすぐ隣にある八木邸や前川邸、南部邸が新選組の壬生屯所跡として使われ、壬生寺の広大な境内は隊士たちの武芸・大砲の訓練場として日常的に使用されていました。
境内東側に位置する「壬生塚(みぶづか)」は、新選組ファンにとって外せない聖地です。敷地内には凛々しい表情を湛えた近藤勇の胸像が建立されており、その台座には近藤の遺髪が納められていると伝えられています。胸像の傍らには、隊士たちを追悼する顕彰碑が並びます。
さらに奥へ進むと、内部抗争の末に八木邸で暗殺された筆頭局長・芹沢鴨の墓や、平山五郎、勘定方の河合耆三郎ら隊士11名の墓碑が静かに並んでいます。池に架かる「あづま橋」を渡り、激動の幕末に散った若者たちの足跡に思いを馳せると、厳かな空気に包まれます。