インターネット上や週刊誌のバックナンバーなどでは、「田岡満氏は実質的に裏社会の幹部だったのではないか」「芸能界を裏から支配していた黒幕ではないか」といった過激な憶測が散見されます。しかし、公的記録や当時の映画関係者の証言を丹念に検証すると、これらの言説は明白な誤解であることが分かります。
田岡満芸能界の真相における最大のポイントは、彼が生涯にわたって「組員としての盃を一度も交わしていない」という事実です。満氏は警察当局の捜査線上に常に置かれながらも、一貫して合法的企業人・エンタメ関係者としてのスタンスを崩しませんでした。
東映の伝説的プロデューサー・俊藤浩滋氏や岡田茂社長(当時)らとの親交も、単なる威光の利用ではなく、満氏自身が持つ脚本読解力やキャスティング交渉の巧巧さ、そしてクリエイターに対する深いリスペクトに基づいていたことが、関係者の回想録でも明かされています。映画のみならず、1980年代にはTHE JAYWALKをはじめとするJ-POP・ロック系アーティストのプロデュースやライブ制作にも関与し、純粋な音楽人としても現場を支えていました。