日本のプロレス史において、「髪切り」という言葉を全国民の脳裏に刻み込んだのが、1985年8月28日に大阪城ホールで行われた長与千種 vs ダンプ松本の一戦です。当時、ライオネス飛鳥との「クラッシュギャルズ」で社会現象を巻き起こしていた長与千種と、日本中から憎悪を集めていた極悪同盟の首領・ダンプ松本による遺恨は頂点に達していました。
公式記録および当時の関係者証言によると、この試合は事前の予定調和を完全に逸脱した異様な空気の中で行われました。試合は極悪同盟側の凶器攻撃と乱入によって凄惨を極め、反則裁定により長与が無念の敗北を喫します。
リング上にパイプ椅子が置かれ、泣き叫ぶ長与が無理やり座らされると、大型バリカンが唸りを上げました。場内を埋め尽くした1万人以上の女子中高生ファンからは絶叫と悲鳴が上がり、呼吸困難で過呼吸を起こして倒れる観客が続出。救急車が何台も出動する前代未聞の事態となりました。後年の自著や特番インタビューにおいて、ダンプ松本は「本当に殺されるかと思った。帰りのバスをファンに取り囲まれ、石を投げられた」と当時の恐怖を振り返っています。まさにプロレスが虚構と現実の境界を完全に破壊した歴史的瞬間でした。