シュリーフェンプラン破綻の真相|第一次大戦の電撃作戦を徹底解説

シュリーフェンプラン破綻の真相|第一次大戦の電撃作戦を徹底解説

シュリーフェンプラン破綻の真相|第一次大戦の電撃作戦を徹底解説の特集記事をご紹介します。役立つ情報が満載です。

当時の一次資料や兵士の手記を紐解くと、作戦破綻の兆候はマルヌ川に到達する遥か前から現場を蝕んでいたことが分かります。ドイツ軍右翼を担当した兵士たちは、重さ約30kgの装具を背負い、8月の猛暑のなか1日平均30kmから40kmに及ぶ過酷な強行軍を連続で強いられました。

第1軍に従軍したある歩兵の手記には、次のような生々しい記録が残されています。

「我々はもはや人間ではなかった。歩く機械だった。足の皮は完全に破れ、靴の中は血で濡れていた。喉の渇きは耐え難く、沿道の畑から生のテンサイを引き抜いて泥のまま口に詰め込んだ。軍馬は道端で次々と過労死し、その死骸の横をただ無心で歩き続けた」

この極限状態は単なる体力消耗にとどまりませんでした。破壊されたベルギーの鉄道網の修復が追いつかず、後方からの食料・弾薬補給部隊は前線の猛スピードに全く追従できませんでした。最前線の部隊がパリ近郊に達した頃には、兵士は飢餓と睡眠不足で判断力を失い、大砲の弾薬すら底をつきかけていたのです。現場の疲弊度を無視した参謀本部のスケジュール進行が、いかに現場を破滅に追いやったかを如実に物語っています。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。