端緒を開いたのは、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫の鋭利な直感だった。2012年冬、松任谷由実のベストアルバム発売記念イベントの壇上。公開対談の席で鈴木は、事前の根回しすらなく突然切り出した。「ユーミン、今度の映画の主題歌、『ひこうき雲』を使わせてくれないか」。
会場がどよめく中、ユーミンは即座に「はい!」と快諾した。当時、宮崎駿監督が構想していたのは、ゼロ戦の設計者・堀越二郎と結核を患う薄幸の少女・菜穂子の生と死だった。美しい飛行機を作りたいという純粋な夢と、それが殺戮兵器へと変貌していく過酷な現実。鈴木の脳裏には、制作初期の段階から荒井由実時代の名曲「ひこうき雲」のメロディが鳴り響いていたという。
完成した本編の初号試写。エンドロールで流れ出したユーミンの歌声を聴きながら、宮崎駿はハンカチで顔を覆い、声を震わせて泣いた。自作の試写で監督自身が涙を見せることなど、それまで一度もなかった。少年の無垢な憧憬と喪失の痛みを、これ以上ない精度で射抜いていたのが、少女時代のユーミンが紡いだあの歌声だった。