1980年代後半から1990年代にかけて日本中を席巻した「環七背脂チャッチャ系ラーメンブーム」。当時、路上駐車の列が延々と連なり、深夜の街道が巨大なグルメスポットと化していた熱狂を覚えているオールドファンも少なくないだろう。激しい時代の波と淘汰の嵐のなかで、多くの店が姿を消すか移転を余儀なくされた。しかし、板橋本町の元祖まぐろラーメンは、独自の進化を遂げることでその牙城を守り抜いてきた。
最大のストロングポイントは、店名にも掲げられている「マグロ出汁」にある。一般的なラーメンが豚骨、鶏ガラ、煮干し、鰹節を主軸にするのに対し、同店では厳選されたマグロの頭やカマ、骨を大量に使用し、じっくりと時間をかけて旨味を絞り出している。マグロ特有の力強い酸味と重厚なコクは、魚類の中でもトップクラスのイノシン酸を含有しており、これが動物系スープのグルタミン酸と合流することで、爆発的な旨味の相乗効果を生み出す。
「マグロと背脂?生臭くならないのか」と疑う初見の客ほど、一口スープを啜った瞬間に瞠目する。職人の丁寧な下処理と独自の香味油によって生臭さは完全にマスクされ、広がるのはどこまでも芳醇な魚の旨味と、良質な背脂がもたらす円やかな甘味だ。深夜帯における人間の食行動心理において、脂質と塩分、そして凝縮されたアミノ酸のトリプルコンボは強烈な快楽物質を脳内に分泌させる。理性を麻痺させるこの「ギルティプレジャー(罪悪感ある歓び)」の設計こそが、深夜の板橋本町に行列が途切れない決定的な構造である。