日本人の多くが疑問を抱くのが、「なぜ大人の男女が父親をアッパと呼び続けて違和感を持たれないのか」という点です。日本では中学生や高校生になる頃を境に、特に男性は「パパ」から「お父さん」や「親父」へと呼び名を変える社会的圧力が働きます。成人男性が人前で実父を「パパ」と呼べば、時に自立心の欠如やマザコン・ファザコンのレッテルを貼られることすらあります。
しかし、韓国社会において大人がアッパと呼ぶ理由は、精神的な未熟さを示すものではありません。韓国国立国語院などが実施した親族呼称に関する実態調査や世論調査データを紐解くと、成人女性の約7割、成人男性でも未婚層を中心に4割以上が、私生活の場で実父を「アッパ」と呼んでいる実態が浮き彫りになっています。
この現象の背景には、韓国特有の「情(チョン)」を重んじる家族文化が存在します。家族内でのコミュニケーションにおいては、過度にかしこまった敬語や距離感のある呼び名を使うことよりも、血縁の濃密さや親愛の情をダイレクトに表現することが肯定されます。韓国ドラマお父さんの呼び方を観察しても、財閥家のような極端に厳格な伝統家庭でない限り、20代や30代の娘が甘えや愛情を込めて「アッパ!」と呼び、父親が目尻を下げる描写が日常茶飯事です。
ただし、これには絶対的な境界線があります。それは「家の中か、家の外か」です。韓国の大人たちは、家庭内では親しみを込めて「アッパ」と呼び合っていても、会社の上司や知人に対して自分の父親の話題を出す際には、寸分の迷いもなく「アボジ(아버지)」あるいは謙譲の意を込めた表現へと切り替えます。プライベートな愛情表現としての「アッパ」と、公人としての分別を両立させている点こそが、韓国の言語運用の真髄です。