単なる奇策やギャグとして受け止められがちな昆虫戦ですが、板垣恵介氏が作中で提示したロジックは極めて科学的かつ冷徹な生体力学に基づいています。一般的な大人のカマキリの体重はおよそ数グラム程度に過ぎませんが、自重の数倍もあるカエルやスズメバチを平然と捕殺する驚異的な膂力(りょりょく)を備えています。
「昆虫の筋力・瞬発力・外骨格の剛直さを、そのまま体重100kgの人類サイズまで相似拡大した場合、地上のいかなる大型肉食獣も瞬時に両断される」という考察は、生物工学の思考実験としても古くから知られています。刃牙が求めたのは、単に技が上手い人間ではなく、骨格から生み出される理不尽なまでの破壊力と、慈悲や迷いを一切持たない捕食者の反射スピードでした。
刃牙が実践した「リアルシャドー」とは、単なるイメージトレーニングの域を完全に逸脱した技術です。「痛みを想像する」「打撃の軌道を脳内で完璧に再現する」という自己暗示を極限まで突き詰めた結果、脳が「いま自分はカマキリの巨大な前脚に挟まれ、切り裂かれている」と完全に誤認。その結果、実体のない空間で一人で踊っているはずの刃牙の全身から鮮血が噴き出し、打撲痕や骨折までもが物理的に発生するという超常現象を生み出しました。