『ひこうき雲』が放つ独特の哀愁と透明感は、荒井由実の卓越した作曲技法とコード進行によって生み出されています。当時の日本の歌謡曲やフォークが主に「トニック・ドミナント・サブドミナント」の単純なコード展開を用いていたのに対し、この楽曲にはクラシック音楽やバロック音楽の手法が随所に散りばめられています。
イントロから鳴り響くピアノのバッキングには、プロコル・ハルムの『青い影』やバッハのオルガン曲を彷彿とさせるベースラインの下降進行(クリシェ)が用いられています。ルート音(ベース音)が一定のまま上部の和音を変化させる「ペダルポイント」や、分数コード(オンコード)を巧みに配置することで、浮遊感と厳かな神聖さが共存する響きを生み出しています。
さらに、サビに向けて用いられるモーダルインターチェンジ(同主調からの借用和音)やIV/V(サスフォー的な響きを持つドミナント)の使い方は、解決しきらない切なさを演出します。少女時代のユーミンが持っていた少しハスキーで平熱感のあるボーカルが、装飾を削ぎ落としたメロディと重なることで、過剰な感傷に溺れない至高のポップスへと昇華されています。