千日回峰行の歴史において、近代以降に金字塔を打ち立てた偉大な先覚者たちがいる。その筆頭が、昭和から平成にかけてなんと2度の千日回峰行を満行した酒井雄哉大阿闍梨である。酒井阿闍梨は太平洋戦争での凄絶な体験を経て比叡山に入り、淡々と、しかし圧倒的な包容力をもって2千日の山道を歩み切った。「生きているだけで丸儲け、一日一日を大切に生きればいい」という気負いのない言葉は、死線を超えた者ゆえの圧倒的な説得力を宿していた。
一方、吉野・大峯山の金峯山寺において千日回峰行を成し遂げた塩沼亮潤大阿闍梨の存在も忘れてはならない。塩沼阿闍梨は標高差1300メートル以上の険しい山道を連日往復し、40度を超える高熱や大怪我に見舞われながらも一歩も引くことなく大行を達成した。過酷な修験道の境地を現代的な語り口で発信する姿は、宗教の枠組みを超えて多くの人々に生きる勇気を与え続けている。