佐助稲荷神社の創建は、鎌倉幕府の開府期にまで遡ります。平安時代末期、伊豆国に配流されていた若き日の源頼朝は、重い病の床で不思議な夢を見ました。夢の中に「かくれ里の翁」と名乗る白髪の老翁が現れ、平家討伐の挙兵を強く促すとともに、その勝機と神助を告げたのです。
頼朝はその神託に従って挙兵し、幾多の苦難を乗り越えて平家を滅ぼし、建久3年(1192年)に征夷大将軍となって鎌倉幕府を開きました。頼朝は夢の翁が稲荷神の化身であったことを悟り、家臣の畠山重忠に命じて隠れ里の霊地を探し当てさせ、そこに祠を建立したのが神社の始まりとされています。
社名にある「佐助」の由来は、頼朝の幼少期の官名である「右兵衛佐(うひょうえのすけ)」にあります。「佐殿(すけどの)」と親しまれていた頼朝を「助けた」神仏であることから、この地一帯が「佐助ヶ谷(さすけがつや)」と呼ばれ、社号も佐助稲荷神社と定められました。歴史の大きな転換点を生み出した背景から、古来より「立身出世」「大願成就」の霊験あらたかな社として信仰を集め続けています。