旅人の好奇心を刺激してやまないのが、寒風山世界三景の理由です。国内の景勝地で「日本三景」を冠する場所は数あれど、「世界」と銘打つ地は極めて異例といえます。この呼称の原点は、明治から大正期にかけて日本の地理学を牽引し、名著『日本風景論』を著した地理学者・志賀重昂(しが しげたか)が1913年(大正2年)にこの地を訪れた記録に端を発します。
当時、世界各地の奇観を踏破していた志賀は、寒風山の山頂に立った瞬間、その特異な眺望に息を呑みました。北米のアメリカ・グランドキャニオンやノルウェーのフィヨルド景観などを知悉していた彼が驚嘆したのは、「単一の山頂から全方位360度、視界を遮る高木が一切なく、陸・海・湖・干拓地が幾何学的な対比を描く景観美」でした。
地質学的に見ると、寒風山は約3万年前から始まった火山活動によって形成された小型の成層火山です。山全体が「ススキや芝生に覆われた全草山」となった背景には、過去の火山灰土壌と日本海からの強烈な偏西風、そして古くから行われてきた野焼きや放牧という人間活動の調和があります。人工的な遮蔽物のない丸い山肌の先に、白神山地、鳥海山、日本海の水平線、そしてかつて国内第2位の湖沼面積を誇り干拓された八郎潟(大潟村)の水田グリッドが広がります。地球の息吹と人間の開拓史が1枚の視界に収まる奇跡的な構図こそ、志賀をして世界の奇観に匹敵すると賞賛せしめた本質です。