武田勝頼の悲劇が眠る新府城址|炎上の真相と2026年最新見どころ

武田勝頼の悲劇が眠る新府城址|炎上の真相と2026年最新見どころ

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天正9年(1581年)、武田勝頼は甲府の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)から本拠を移すべく、山梨県韮崎市の七里岩台地上に大規模な新城を築きました。これが新府城です。当時、織田信長と徳川家康の圧迫が強まる中、平地の館では防衛に限界があると考えた勝頼は、背後に断崖絶壁を抱える堅牢な要塞都市の建設に賭けたのです。

しかし、天正10年(1582年)2月、織田・徳川連合軍による「甲州征伐」が本格化すると、木曽義昌の寝返りを皮切りに武田一門や重臣の離反が相次ぎました。同年3月3日、築城からわずか68日という短期間で、勝頼は防衛不可能と判断し、新府城に火を放ちます。小山田信茂を頼って岩殿城へ逃れるも途中で裏切られ、天正10年3月11日、天目山にて武田一族は自刃。武田氏滅亡の経緯における最大の転換点が、この「新府城炎上の真相」に凝縮されています。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。