稲川会の歴史を紐解く上で欠かせないのが、稲川会歴代会長のリーダーシップと組織拡大の軌跡です。博徒系組織として発足した同会は、昭和から平成、令和へと続く激動の時代を乗り越えてきました。
初代・稲川聖城(本名:稲川角二)は、静岡県熱海市を拠点に「稲川組」を結成し、類まれなカリスマ性と政財界にまで及ぶ人脈で組織を東日本屈指の巨大団体へと押し上げました。初代が掲げた「任侠道」の理念と結束力は、現在も組織の精神的支柱として語り継がれています。
二代目を継いだ石井進(石井一家総長)の時代には経済ヤクザとしての台頭が注目され、三代目・稲川裕紘(稲川土肥)、四代目・角田吉男(京王会会長)の時代を経て組織の近代化が進められました。そして五代目・清田次郎体制下では、六代目山口組との強固な親戚関係が構築され、関東における安定的な地位を確立。そのバトンを受け継いだのが現在の六代目・内堀和也です。