ネット上の簡易的なレビューなどでは、「遠くへ行きたい」というタイトルから「若者の旅行願望や現実逃避を歌った曲」と安易に解釈されることがあります。しかし、これは明確な誤解です。
作中で繰り返される「遠くへ行きたい」というリフレインは、単なる地理的な移動やバカンスを指しているのではありません。そこにあるのは、「逃れられない自分自身」や「泥臭い現実の重力」から解き放たれたいという実存的な希求です。どれほど遠くへ逃げようとしても、ギターを教えてくれた友の姿や、亡くなった彼女の記憶、そして自分自身の虚しさはどこまでも追いかけてくる。その絶対的な孤独を自覚しているからこそ、言葉は痛切な叫びとなります。
また、andymoriの解散理由と経緯を振り返ると、フロントマンの小山田壮平が抱えていた音楽への純粋すぎる情熱と、商業的なプレッシャーや精神的な過負荷との葛藤が少なからず影響していました。2014年10月の日本武道館公演をもってバンドは解散しましたが、彼らが初期から一貫して歌っていたのは「純粋であり続けることの痛み」でした。「遠くへ行きたい」はその苦悩の原点であり、解散を経て小山田壮平の現在の活動(ソロ活動やバンド「AL」など)に至るまで、彼の創作の根底に流れ続ける不変のテーマなのです。