久世光彦と樹木希林、20年絶縁の真相…生放送暴露の衝撃全貌

久世光彦と樹木希林、20年絶縁の真相…生放送暴露の衝撃全貌

久世光彦と樹木希林、20年絶縁の真相…生放送暴露の衝撃全貌にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

ふたりの確執を語る上で欠かせないのが、それ以前に築き上げた圧倒的なドラマ制作の実績です。久世氏は型にはまった従来のホームドラマを解体し、生放送の手法、劇中歌の挿入、アドリブの多用など、アヴァンギャルドな演出を次々と導入しました。その演出の最大のミューズであり共犯者だったのが樹木希林さん(当時は悠木千帆)でした。

作品名(放送年)樹木希林の役柄・演出の特色代表的なエピソード・社会現象テレビ史における位置づけ時間ですよ(1970〜1975年)銭湯の従業員「はま」役などを怪演。下町人情とシュールな笑いを融合。堺正章との絶妙な掛け合いや、浅田美代子の抜擢など新人発掘にも貢献。最高視聴率30%超を記録。久世演出の原点となった金字塔。寺内貫太郎一家(1974年)主人公の母親「きん」役。当時30代前半でありながら老母役を熱演。沢田研二のポスターを見て身悶えしながら叫ぶ「ジュリ〜〜!」が国民的流行語に。小林亜星と西城秀樹の大喧嘩シーンなど、型破りな演出が話題に。ムー / ムー一族(1977〜1979年)足袋屋の家政婦「うさぎ」役。ドラマ本編と生放送バラエティを往復。郷ひろみとのデュエット曲「お化けのロック」「林檎殺人事件」が大ヒット。生放送劇の限界に挑んだ野心作。のちに暴露劇の舞台となった。

樹木さんは1977年、テレビ朝日の特番オークションにおいて「手元に売るものがないから」という理由で、長年親しまれた芸名「悠木千帆」を競売にかけ、2万200円で売却。その後、辞書をめくって偶然見つけた文字を組み合わせて「樹木希林」へ改名しました。この破天荒なエピソードにも象徴されるように、彼女の既成概念にとらわれない生き様を誰よりも面白がり、その才気を余すところなく画面に定着させたのが久世氏でした。

清水 千尋
著者

清水 千尋

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。