なぜ浅草三社祭はこれほどまでに人々を熱狂させるのでしょうか。その根底には、700年以上の歴史に裏打ちされた下町住民の信仰と誇りがあります。
三社祭の起源は鎌倉時代の正和元年(1312年)に始まった「舟祭」とされています。祭礼の名前にある「三社」とは、浅草寺の創建に関わった3人の郷土の偉人(土師真中知、檜前浜成、檜前武成)を神として祀る「浅草神社」のことです。
ここで多くの観光客が混同しやすいのが、「浅草寺(せんそうじ)」と「浅草神社(あさくさじんじゃ)」の違いです。
推古天皇36年(628年)、宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていた檜前兄弟の網に聖観音菩薩像がかかり、それを土師真中知が自宅を寺に改めて祀ったのが「浅草寺(仏教・寺院)」の始まりです。その後、この3人の功績を称えて神様として祀ったのが、浅草寺のすぐ隣に鎮座する「浅草神社(神道・神社=通称:三社様)」です。
明治時代の神仏分離令までは寺と神社が一体となって祭りを行っており、神仏習合の豊かな下町文化が今も浅草の町衆の中に息づいていることこそ、三社祭が唯一無二の熱量を生み出し続ける理由です。