吉永小百合は1945年3月13日、東京都渋谷区に生まれました。小学6年生の時にラジオドラマ『赤胴鈴之助』のオーディションに合格し、芸能界へと足を踏み入れます。1959年に松竹映画『朝を呼ぶ口笛』で映画デビューを飾り、翌1960年に日活へ入社。ここから彼女の怒涛の快進撃が幕を開けました。
彼女の名を不朽のものとしたのが、1962年公開の主演映画『キューポラのある街』(浦山桐郎監督)です。埼玉県川口市の鋳物の街を舞台に、貧困や家庭環境に悩みながらも前を向いて生きる少女・塚本ジュン役を熱演。当時17歳だった吉永小百合は、ブルーリボン賞主演女優賞を史上最年少で受賞し、演技派スターとしての地位を揺るぎないものにしました。
同年には歌手としても橋幸夫氏とのデュエット曲『いつでも夢を』が大ヒットを記録し、第4回日本レコード大賞を受賞。同名映画も製作され、映画界と音楽界の頂点を同時に極めるという前代未聞の快挙を成し遂げました。浜田光夫氏との「純愛コンビ」による青春映画路線は、日活黄金期の屋台骨として日本中の映画館を満員にし続けました。