結論から明かすと、ダルビッシュ有投手は「イラン人の父親」と「日本人の母親」の間に生まれたハーフです。
父親の名前はファルサド・ダルビッシュセファット(Farzad Darvishsefat)氏。元々はイランの元サッカー選手・モトクロス選手という生粋のアスリートで、アメリカ留学中に知り合った日本人女性・郁代(いくよ)さんと恋に落ち、結婚を機に来日しました。父・ファルサド氏は日本国内で実業家としてアートギャラリーやペルシャ絨毯の輸入販売会社などを経営し、日本社会に深く根付いています。
母親のダルビッシュ郁代さんは大阪府出身の日本人で、一般社団法人を立ち上げて児童福祉や子育て支援に尽力するなど、地元でも尊敬を集める活動家です。エキゾチックで彫りの深い顔立ちと、196cmという日本人離れした骨格は、イラン人の父親から受け継いだ遺伝的恩恵と言えます。
戸籍上の本名は「ダルビッシュ・セファット・ファリード・有(Farid Yu Darvishsefat)」。ペルシャ語で「ファリード(Farid)」は「比類なき存在」「気高い」を意味し、「有(Yu)」は母方の日本名としての響きと漢字の美しさを込めて名付けられました。
国籍問題についても明確な法的手続きが取られています。出生時はイランと日本の二重国籍でしたが、日本の国籍法第14条の規定(22歳に達するまでにいずれかの国籍を選択)に従い、2008年北京五輪出場およびWBC日本代表招集を見据えた20代前半の段階で正式に日本国籍を選択しています。日の丸を背負って戦い抜いてきた背景には、自身の意志による日本国籍への強い誇りがあります。