1985年1月23日、東京・赤坂のホテルで開かれた松田聖子の単独記者会見は、昭和の芸能報道における最大のハイライトの一つです。詰めかけた報道陣を前に、大粒の涙を流しながら語られたのが「もし生まれ変わったら、絶対に一緒になろうねと話し合いました」というあまりにも有名なフレーズでした。
二人の出会いは1981年頃に遡ります。すでにトップスターとして君臨していた郷ひろみと、デビュー直後から驚異的なスピードでスターダムを駆け上がっていた松田聖子。歌番組や雑誌の対談を通じて急接近し、約4年間にわたって極秘交際を続けていました。互いの自宅を行き来し、結婚を前提とした真剣な交際であったことは当時の関係者の一致した見解です。
しかし、ドラマチックな会見の裏で、当事者二人の間には大きな温度差が生じていました。郷ひろみは後に上梓した自著『ダディ』や当時のインタビューにおいて、「そのような言葉を交わした覚えはない」「会見が開かれること自体を事前に知らされていなかった」という旨の告白を残しています。この食い違いは、単なる二人の痴話喧嘩ではなく、背後に存在した事務所や家族の複雑な思惑、そして破局を既成事実化せざるを得なかった当時の緊迫した状況を如実に物語っています。