日本プロ野球の歴史において、「無償トレード」の語が最も苛烈に世間を駆け巡った象徴的出来事といえば、2003年オフに起きた小久保裕紀の福岡ダイエーホークスから読売ジャイアンツへの電撃移籍にほかなりません。
当時、小久保はダイエーの主将にして「若鷹軍団の精神的支柱」と呼ばれるスーパースターでした。青山学院大学時代にはバルセロナ五輪日本代表として銅メダルを獲得し、プロ入り後も本塁打王に輝くなど、福岡の街のアイコンそのものでした。その大功労者が、何の見返りもなく巨人に無償譲渡されたというニュースは、プロ野球ファンのみならず一般社会にまで激震を走らせました。
当時の報道各社の取材データや関係者の証言によると、この電撃トレードの決定打となったのは、当時のダイエー球団社長・高塚猛との間に生じた決定的な確執であったとされています。前年の大怪我に伴う渡米治療費の自己負担をめぐる球団側との金銭的・信義的トラブルや、フロント主導の組織方針に対する反発が積み重なり、球団トップの意向によって電撃的な無償放出が強行されたのです。
この決定に対し、当時の王貞治監督やエース・斉藤和巳をはじめとするチームメイトたちは激しい憤りを隠さず、選手会も猛反発。ファンによる署名活動や球団への抗議電話が殺到するなど、まさに前代未聞の騒乱となりました。小久保自身も後に自著や回顧録の中で、当時の青天の霹靂とも言える心境や、理不尽な宣告を受けた際の悔しさを赤裸々に述懐しています。その後、小久保は巨人で主砲として意地を見せ、数年後にFA権を行使して古巣ホークスへ復帰。2020年代以降はホークスの一軍監督としてチームを常勝軍団へ導くという、球史に残る壮大な人間ドラマを紡ぎました。
また近年では、2021年8月に起きた中田翔の北海道日本ハムファイターズから読売ジャイアンツへの無償トレードも記憶に新しいところです。同僚選手への暴力行為による無期限出場停止処分という重大なチーム規律違反の最中、日本ハムの栗山英樹監督(当時)の「野球選手としての再起の場を与えてやりたい」という親心と、チーム秩序維持という二律背反の狭間で下された決断でした。対価を一切求めない無償トレードという形を取ることで、日本ハム側は利益追従の批判を避け、巨人は年俸負担と世論の猛反発を引き受ける覚悟を示した事例として語り継がれています。