尊富士を襲ったアクシデントは、2026年春場所14日目の元大関・朝乃山戦で起きました。土俵際で寄り倒された際、右足首を巻き込まれる形で不自然に捻転。土俵下で自力歩行が不可能となり、車いすで医務室へ搬送されたシーンは館内を騒然とさせました。
病院での怪我の診断結果は「右足関節外側靱帯損傷」。足首を支える重要な靭帯が強く引き伸ばされ、一部断裂を伴う極めて深刻な状態でした。通常であれば歩行すら困難で、即座にギプス固定と絶対安静が命じられる重傷です。
しかし、尊富士は師匠である伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)や周囲の制止を押し切り、右足首に厳重なテーピングと痛み止めを施して千秋楽の土俵へ強行出場。豪ノ山を破って歴史的賜杯を抱いたものの、代償として足首へのダメージは限界に達していました。