現在でこそ世界を股にかけて活躍する宇多田ヒカルですが、そのルーツを紐解くと1983年1月19日、アメリカ・ニューヨークという出発点に行き着きます。宇多田ヒカルの家族構成は、父・宇多田照實氏、母・藤圭子さん、そして一人娘であるヒカル本人の3人家族でした。
当時の家庭環境は、一般的な家庭像とはかけ離れたものでした。物心ついた頃から父親が手掛け、母親が歌唱するレコーディングスタジオが彼女にとってのプレイルームであり日常そのもの。アメリカと日本を行き来する超過密な生活の中で、ヒカルはごく自然にビート感や英語のイントネーション、スタジオワークの基礎を身体に叩き込んでいきました。
宇多田ヒカルの生い立ちにおいて決定的な転機となったのが、1993年に結成された家族ユニット「U3」の存在です。当時まだ10歳だったヒカルは「H°KIDS(エイチ・キッズ)」名義でボーカルと作詞を担当し、アルバム『STAR』をリリース。既に母譲りのハスキーかつ伸びやかな声質と、卓越したリズム感を披露していました。天才少女の萌芽は、この特殊な家庭環境と両親の徹底した音楽主義から生まれた必然だったと言えます。