インターネット上では長年、「リリイ・シュシュの事件にはモデルとなった実在の事件があるのではないか」という噂が絶えません。しかし、公式発表資料や監督の執筆記録を照合すると、「特定の単一事件をそのまま映画化した実話ではない」ことが明確に裏付けられています。
本作の母体となったのは、岩井俊二が2000年4月から実験的にインターネット上で立ち上げたBBS形式のリアルタイム参加型小説『リリィ・シュシュのすべて』です。一般のユーザーが書き込む掲示板のレスポンスを取り込みながら物語が進行するという、当時としては極めて前衛的なインタラクティブノベルでした。
実話モデルと噂された背景には、1990年代後半から2000年代初頭にかけて日本社会を震撼させた「神戸連続児童殺傷事件(1997年)」や「西鉄バスジャック事件(2000年)」といった、少年犯罪の陰惨なリアルが当時の空気感として投影されていた点があります。ネット空間に逃避する若者たちの孤独、アバター(ハンドルネーム)による二重生活、匿名掲示板特有の攻撃性と連帯感など、2026年代以降のSNS社会の病理を20年以上前に予見していた先見性こそが、ドキュメンタリーのような生々しいリアリティを生み出した源泉です。