ネット上の掲示板やSNSでは、長年にわたり「ドリフターズは裏で激しい不仲だった」「いかりや長介がギャラを独占していた」という言説がまことしやかに囁かれてきました。しかし、関係者の一次資料を精査すると、これらの噂の多くは偏った伝聞や誇張であることが分かります。
まず「不仲説」についてですが、彼らの関係は「仲良しグループ」ではなく、「高いプロ意識で結ばれた職人集団」でした。プライベートで馴れ合うことは一切なく、楽屋でも私語は少なかったと証言されています。しかしそれは憎しみ合っていたからではなく、舞台上での呼吸や緊張感を損なわないための意図的な距離感でした。
また、最も議論を呼んだ「ギャラ配分問題」についても明確な事実関係が存在します。ドリフターズは渡辺プロダクションから独立後、いかりや長介が代表を務める個人事務所「イザワオフィス」(井澤健社長と共に設立)を通じて活動していました。番組制作にかかる膨大な作家料、小道具代、付き人の給与や税務リスクをすべていかりやが個人として引き受けていたため、初期の配分比率が「いかりや4:メンバー各1.5」などと傾斜していたのは経営構造上の必然でした。
志村けんの台頭以降、この配分を巡って激しい議論が交わされた時期があったことは事実ですが、いかりやの死後、加藤茶も志村けんも「あの過酷な矢面に立ち、泥をかぶってグループを守ってくれたのは間違いなく長さんだった」と深い敬意と謝意を述べています。単なる金銭トラブルという薄浅な解釈では説明のつかない、強固なリスペクトがそこには存在していました。