ここ数年のデザイン界を俯瞰すると、一つの大きな歴史的転換点が見て取れます。2010年代半ばから2020年代初頭にかけて、世界のブランドロゴはこぞって「飾り文字(セリフ体)」を捨て去り、均質でシンプルな「サンセリフ体(ゴシック調)」へと舵を切りました。欧米のデザイン批評家たちはこの現象を、Brand(ブランド)とBland(味気ない・無個性な)を掛け合わせて「ブランディング(Blanding)」と揶揄しました。
なぜ各社は同じような無機質デザインへと走ったのでしょうか。最大の理由は「スマートフォンの画面サイズ」という物理的制約でした。インスタグラムのフィードやECサイト、アプリの小さな正方形アイコンの中で、繊細な毛筆線や複雑な飾り(セリフ)は潰れてしまい、可読性を失っていたのです。ピクセル密度の高い液晶画面上での瞬間認知を追求した結果、どのブランドも似たような太字の幾何学的サンセリフに収束していきました。
しかし、2026年の今、事態は180度反転しています。どこを見渡しても同じに見えるロゴの氾濫に対し、消費者が退屈さと安っぽさを感じ始めたからです。ファッションビジネスの調査レポートによると、2024年から2026年にかけてリブランディングを実施した欧米・アジアの主要ブランドのうち、約68%が「手書き調の要素」「セリフ体の復活」「歴史的クレスト(紋章)の再導入」を選択しています。
スマートフォンが単なる情報端末から高解像度ウェアラブルや空間コンピューティングへと進化を遂げ、微細なグラフィックの質感を再現できるようになった技術的背景も、この「ヘリテージ(歴史遺産)回帰」を強力に後押ししています。ただ見やすいだけの文字から、創業者の魂やクラフトマンシップがにじみ出る「複雑で重厚なストーリーを持つ記号」へと、ロゴの価値基準が劇的にシフトしているのです。