2012年4月16日、ワシントンにあるヘリテージ財団でのシンポジウムにおいて、石原慎太郎都知事(当時)は「東京都が尖閣諸島を購入することにした」と電撃発表しました。首都のトップが管轄外とも思える国境離島の取得を表明した背景には、当時の極めて緊迫した安全保障環境と、国の消極姿勢に対する強い危機感がありました。
発端となったのは、2010年9月に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件です。海上保安庁の巡視船に中国漁船が故意に衝突した映像がネット上に流出し、世論が沸騰する中、当時の日本政府の対応を石原氏は「弱腰外交」と厳しく批判していました。
尖閣諸島(魚釣島、北小島、南小島など)は、明治期に古賀辰四郎氏が開拓して以来、民間人の地権者が所有する私有地でした。石原氏は地権者との間で長年にわたる信頼関係を築き、水面下で売買交渉を進めていたのです。自著や当時の会見で石原氏は「国が動かないのなら、まず東京が買い、船溜まりや気象観測所を整備して実効支配を盤石にしたうえで国に譲渡する」という購入計画の真の理由を語っています。