2026年を迎えた現在、現場となった生田緑地は、緑豊かな市民の憩いの場として整備されています。美術館やプラネタリウム(かわさき宙と緑の科学館)が立ち並ぶ穏やかな一角に、ひっそりと佇む「慰霊碑」があります。
石碑には、殉職した研究者3名、取材中に命を落とした日本テレビ、読売新聞、毎日新聞、東京新聞などの報道陣11名、そして現場に立ち会っていた川崎市職員1名、計15名の氏名が刻まれています。今なお命日には遺族や報道関係者、防災関係者が訪れ、色とりどりの花が供えられています。
当時の報道カメラマンの手記には、「崩れる瞬間を誰よりも間近で撮らなければならないという取材競争の熱気に呑まれていた」という自省の言葉が残されています。スクープを狙うメディアの前のめりな姿勢と、取材者を排除できなかった主催者側の甘さが最悪の形で交差した現場。生田緑地の慰霊碑は、単なる追悼の場にとどまらず、現場に身を置くすべての取材者と研究者に対する無言の戒めを放ち続けています。