葛飾北斎が93回も引っ越した衝撃の理由!娘・お栄との奇抜生活

葛飾北斎が93回も引っ越した衝撃の理由!娘・お栄との奇抜生活

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北斎の奇行は住居だけに留まらず、生涯で30回以上も改名を繰り返したことでも知られます。「春朗」「宗理」「北斎」「戴斗」「為一」「画狂老人卍」など、名前が売れて弟子が集まると、その画号を弟子に譲り渡して自分は新しい名前に変えてしまうという徹底ぶりでした。

【葛飾北斎の波乱の生涯年表】

・1760年(宝暦10年):武蔵国葛飾郡本所割下水(現・墨田区)に誕生。
・1779年(安永8年):勝川春章に入門し「勝川春朗」を名乗る。
・1814年(文化11年):『北斎漫画』初編を刊行。全国的な大ベストセラーに。
・1831年(天保2年):70歳を過ぎて代表作『冨嶽三十六景』シリーズを発表。
・1849年(嘉永2年):浅草聖天町(現・台東区浅草)の長屋にて90歳で没。

世界的傑作として知られる『冨嶽三十六景』が世に出たのは、北斎が70歳を超えてからのことです。孫の借金苦に喘ぎ、長屋を転々としながらも、富士山の威容に自らの画業への執念を重ね合わせ、あくなき創作意欲を燃やし続けました。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。