新御三家が結成された1970年代初頭、日本の音楽市場は急速な転換期を迎えていました。それまで歌謡界を牽引していたのは、1960年代に一世を風靡した橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の「御三家」です。徳川御三家に由来するこの呼称を受け継ぐ形でメディアに命名された郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎の3人は、先輩たちが確立した着流し歌謡や学園ソングのフォーマットを軽やかに脱ぎ捨て、海外の最新ポップスやロックの文脈を歌謡曲へと融合させました。
なぜ彼らでなければならなかったのか。その最大の要因は、「徹底的に差別化された三者三様のキャラクター設計」にあります。中性的な華やかさと愛くるしいルックスで王道アイドルの頂点を極めた郷ひろみ、全身から溢れ出る野生味とハスキーボイスでスタジアムを揺らしたアクション派の西城秀樹、そして哀愁を帯びた圧倒的な美声と早熟なギターテクニックで玄人を唸らせた野口五郎。この3人が同じ歌番組のステージに並び立ったとき、視聴者は誰か1人に必ず熱中できる完璧なトライアングルが完成していました。
さらに、当時のテレビメディアの急速な発展が追い風となりました。『ザ・ベストテン』『夜のヒットスタジオ』といった生放送番組や歌謡賞レースが最高視聴率30〜40%を連発していた時代、彼らのパフォーマンスは瞬時に日本中の茶の間を直撃しました。単に歌を歌うだけでなく、マイクスタンドを振り回し、床に膝をつき、カメラを射抜くような視線を送る――視覚と聴覚を同時に支配するパフォーマンス・スタイルを確立したことこそが、昭和アイドルブームの爆発的な起爆剤となったのです。