インターネット上で定期的に巻き起こる「漢の上の部分は本当に横から書くのか」「くさかんむりだから縦から書くのが本来の伝統ではないか」という議論には、明確な歴史的・文字学的な背景があります。
文字学の権威である白川静氏の体系や古代の金文・篆書を辿ると、「漢」のつくりである「𦰩」の上部は、植物を表す「艸(くさかんむり)」そのものではなく、両手を広げて神事に携わる姿や火が立ち上る形に由来するとされています。つまり、成り立ちのルーツからして純粋なくさかんむりとは異なる系統の文字でした。
しかし、時代を経て楷書体が確立される過程で、民衆の筆写の利便性から「艹(草冠)」や「廿」の形へと統合されました。これを受けて、昭和33年(1958年)に当時の文部省が制定した『筆順指導の手引き』では、教育現場における混乱を防ぐため、次のような明確な原則を打ち立てました。
「上部に冠する横画と2本の縦画が交差する字形においては、原則として横画を先に引く」
この公的ガイドラインが敷かれたことで、現代の小中学校の教科書体および漢検の基準では、例外なく「4画目は横画」と一本化されています。書道史における草書の崩し方などを引き合いに出して「縦から書くのが玄人」とするネット言説も見られますが、現代の公的教育・ビジネス規範においては「横画が先」と理解しておくのが最も論理的で間違いのない正解です。