多くのファンに最も深い爪痕を残したのは、平成後期から令和初期に起きた国民的グループの終焉です。ネット上では「メンバー間の憎しみ合い」といったセンセーショナルな噂が独り歩きしがちですが、当時の取材資料や本人の証言を突き合わせると、まったく異なる真実が浮き彫りになります。
SMAP解散不仲説の真相:人間関係ではなくマネジメント抗争の犠牲
2016年12月31日をもって25年の歴史に幕を下ろしたSMAP。解散発表直後からメディアは「木村拓哉と香取慎吾の確執」などメンバー間の不仲を大々的に報じました。しかし、現場の制作幹部や報道各社の取材データが示す真相は、事務所内部の熾烈な派閥対立です。
SMAPを育て上げたチーフマネージャー・飯島三智氏と、メリー喜多川副社長(当時)の確執が決定的となり、飯島氏の退社に伴う独立計画が持ち上がりました。一度は5人での独立が模索されたものの、事務所残留を決めた木村拓哉と、独立へと舵を切っていた4人との間で歩調が乱れたのは事実です。しかし、それは「性格の不一致」などではなく、事務所経営陣に対する不信感と将来への選択の違いでした。2016年12月26日放送の『SMAP×SMAP』最終回で、代表曲『世界に一つだけの花』の歌唱終了後に中居正広が背を向け、肩を震わせて涙を拭った姿は、外的要因によってグループを奪われた痛恨の無念さを象徴しています。
V6解散理由と森田剛退所:6人の純度を守り抜いた「美学」
一方で、対極とも言える「最も美しい幕引き」を実現したのがV6でした。2021年11月1日、デビュー26周年の記念日に幕張メッセでのラストライブをもって解散。解散のトリガーとなったのは、舞台俳優として高い評価を得ていた森田剛の退所決断でした。
当時の特番インタビューにおいて、メンバーは率直に明かしています。「剛から『これからの人生、ジャニーズ事務所を離れた環境で役者として挑戦したい』と打ち明けられた」。一般的なグループであれば、メンバーが1人抜けても看板を維持する道を選びます。しかしV6が出した結論は「6人でなければV6ではない」という完全解散でした。誰一人として森田を責めず、井ノ原快彦や岡田准一ら全員が納得した上で「V6という作品」を完璧な形のまま冷凍保存したのです。不協和音による空中分解ではなく、互いの自立を尊重し合った稀有な事例といえます。
タッキー&翼解散の経緯:病魔と「裏方」への覚醒
2018年9月に解散を発表したタッキー&翼の決断には、健康問題と事業継承という重い現実が関係していました。今井翼は持病であるメニエール病が再発し、過酷なステージパフォーマンスを継続することに限界を感じて治療に専念するため退所を選択。時を同じくして、滝沢秀明はジャニー喜多川氏からの強い要請を受け、タレント業を完全に引退して新会社「ジャニーズアイランド」の社長としてプロデュース業に専念することを決断しました。
二人の関係は良好でありながらも、それぞれが「健康維持と治療」「事務所の育成を担う後継者」という別々の重責を背負った結果、ユニットとしての存続が困難になった発展的解消でした。