仕掛けの種明かしが前提にあるにもかかわらず、なぜ私たちはこれほどまでにフェイクドキュメンタリーの魔力に惹きつけられるのか。心理学的な観点から見れば、それは「安全地帯から覗き見るタブーの快感」に他ならない。
通常の劇映画であれば、カメラの存在は見えないものとして扱われる。しかしモキュメンタリーにおいて、カメラは明確に「現場に居合わせた目撃者」として機能する。撮影者が怯え、レンズを拭い、時には被写体から逃げ惑う。その主観的な視点が、観客とスクリーンの間の距離を一気にゼロにするのだ。完璧に作り込まれた美談よりも、手触りのある不完全な映像にこそ、人は無意識の真実味を見出してしまう。