彼女が切り拓いた道は、確実に次の世代へと受け継がれた。その遺伝子を最も純粋に受け継いだのが浅田真央である。名古屋の大須リンクを拠点に、山田満知子の情熱的な指導のもとで育ったスケーターたちは、型にはまらない個性とスケールの大きなスケーティングで世界を席巻していった。
日本スケート連盟の強化体制や日本におけるフィギュア人気の礎は、まさにこの系譜によって築かれた。2004年にアジア人として初めて世界フィギュアスケート殿堂入りを果たした事実は、彼女が日本のみならず世界のスケーティング文化に与えた影響の大きさを物語っている。