「一晩で忽然と城が現れた」というエピソードは、江戸時代初期に成立したとされる軍記物『武功夜話』などを通じて人口に膾炙した。だが、近年の歴史考証が描き出すのは、魔法のような奇跡ではなく、極限まで計算された工学的プレハブ工法と心理戦のハイブリッドだ。
実際には、木曽川上流で切り出した木材を筏に組んで一気に流下させ、敵の警戒が緩む豪雨や夜陰に乗じて骨組みを一気に立ち上げたとみる説が有力視されている。斎藤氏の監視下にある危険地帯で、基礎工事すらままならない湿地帯に瞬く間に築かれたのは、瓦葺きの立派な天守ではなく、逆茂木と土塁、櫓で構成された実戦的な砦だった。
美濃勢に「いつの間に拠点を確保されたのか」と錯覚させる電撃的なスピード施工こそが、後に「一夜」という比喩表現へと昇華した最大の要因である。秀吉の真の凄みは、怪力乱神の業ではなく、木曽三川の水運ネットワークを掌握し、短時間で要塞を具現化させたロジスティクス管理能力にあった。