常連客の間でもごく一部の人間しか存在を知らないメニューがある。それが、特定の季節に数杯のみ提供される「鴨と山菜の極上あぶりつけ蕎麦」だ。テレビや雑誌の取材依頼に対しても、店主は「数が確保できない」と掲載を固辞してきた。炭火で芳ばしく炙った鴨肉の脂が、濃密な出汁に溶け出し、噛むほどに甘みが広がる。
出汁の根幹を成すのは、2年熟成させた本枯節と宗田節、そして昆布の絶妙なブレンドだ。数十年継ぎ足されてきた「返し」と合わさることで、角が一切ない、まろやかで奥深いコクが生み出される。このご当地グルメとしても異彩を放つ一杯を求め、遠方からわざわざ足を運ぶファンが後を絶たない。