物語は1945年(昭和20年)9月21日夜、兵庫県・国鉄三ノ宮駅の構内から幕を開けます。薄汚れた国民服に身を包み、柱にもたれかかるように衰弱した14歳の少年・清太。駅員が「ゴミ」のように扱うなか、「昭和20年9月21日夜、ぼくは死んだ」という清太自身のモノローグとともに、彼の魂は肉体を離れます。清太のポケットから転がり落ちたサクマ式ドロップスの缶を駅員が暗がりへ放り投げると、そこからこぼれ出た節子の小さな遺骨のかけらとともに、蛍の群れと赤い光に包まれた死後の世界が広がります。
時間は同年6月5日の神戸大空襲へと逆行します。海軍大佐の父を持つ清太は、心臓の弱い母と4歳の妹・節子とともに裕福な暮らしを送っていました。しかし、B-29による無差別爆撃によって街は業火に包まれ、逃げ遅れた母は全身に重度の火傷を負って臨時救護所で息を引き取ります。母の死を節子に隠したまま、清太は西宮に住む遠縁の親戚の家に身を寄せることになります。
当初は温かく迎え入れた叔母でしたが、戦況が悪化し配給が目に見えて滞ると、昼間から働かず節子の面倒を見るだけの清太に対して苛立ちを露わにしていきます。「お国のために働かない者に食わせる飯はない」と冷遇され、母の形見の着物すら米に替えられた清太は、自尊心を傷つけられ、わずかな貯金を元手に叔母の家を出る決断を下します。横穴の防空壕を「自分たちだけの家」とし、誰にも干渉されない生活を始めた二人でしたが、そこは地獄への入り口でした。
食料は尽き、清太は火事場泥棒や畑の盗掘に手を染めて警察に突き出されるまでに追い詰められます。栄養失調で日に日に弱っていく節子は、下痢を繰り返し、背中にはあせもが広がり、幻覚を見るようになります。ようやく手に入れたスイカを食べさせた直後、節子は静かに息を引き取りました。節子の亡骸を藁灰とともにドロップ缶に収め、山頂で荼毘に付した清太。終戦を知り、海軍であった父の戦死を悟った清太もまた生きる目的を失い、冒頭の三ノ宮駅へと行き倒れていくのです。