庭園の北西部に足を踏み入れた瞬間、誰もがその圧倒的な質量に息を呑みます。視界を占拠するのは、高さ約3.9メートル、笠の直径約4メートルという日本最大級の雪見灯籠です。大人の身長を遥かに凌駕する六角形の笠石は、周囲約12メートルにも達し、地上から見上げると巨大な屋根が宙に浮いているかのような錯覚を覚えます。
この異形の石造物を手掛けさせたのは、池田家第3代当主・文四郎氏です。明治29年(1896年)に発生した陸羽地震によって家屋や庭石が損壊したことを機に、池田家は大規模な屋敷地の再編に着手しました。招聘されたのは、東京の芝公園などを手がけ「近代造園の祖」と称された作庭家・長岡安平でした。長岡は、広大な仙北平野の借景と池泉回遊式庭園を高度に融合させ、主殿からの視線誘導の中心点としてこの巨大灯籠を配したのです。
なぜこれほど規格外の灯籠が作られたのか。単なる財力の顕示と片付けるのは早計です。豪雪地帯である秋田において、冬の雪見灯籠は積雪によって容易に埋もれてしまいます。池田家の設計思想は、厳冬期に2メートルを超える積雪があってもなお、笠石の上に優美な雪の冠を載せ、白銀の世界に悠然と佇むランドマークを生み出すことにありました。石材は山形県酒田方面から舟運と陸路を駆使して運搬されたと伝えられており、当時の土木技術の粋を集めた記念碑的モニュメントでもあります。