杉村氏の経歴を振り返ると、そのジェットコースターのような人生の起伏に驚かされます。筑波大学を中退後、ビルの清掃員として働いていた際、外資系証券会社幹部の目に留まり契約社員として採用されたことが最初の転機でした。そこで培った調査力と行動力を買われ、自民党の候補者公募に応募したのが議員への道を開くきっかけとなります。
2005年、小泉純一郎首相(当時)が仕掛けた「郵政解散」の風に乗り、自民党の比例南関東ブロック下位に登録されていた杉村氏は、党の圧勝に伴い26歳でまさかの初当選を果たしました。いわゆる「小泉チルドレン」の象徴として一躍時の人となります。
しかし、当選直後の失言騒動で党内からの信頼を失い、目立った政治的実績を残せないまま任期が終了。2009年の総選挙では公認を得られず出馬断念、2010年の参院選でも新党改革から出馬したものの落選し、完全に政界から退場することになりました。肩書きを失った瞬間、周囲の人間が一気に離れていくという世間の冷たさを身をもって痛感した時期でした。