事件当時、猿之助は明治座で上演されていた『市川猿之助奮闘連続公演』の真っ最中であり、座長を失った現場はパニックに陥りました。この絶体絶命の危機を救ったのが、当時19歳だった甥の市川團子でした。
夜の部で上演されていた『御贔屓繋馬(ごひいきつなぎうま)』の主演代役に抜擢された團子は、急遽の稽古にもかかわらず堂々たる演技と見事な宙乗りを披露。劇場を埋め尽くした観客から割れんばかりのスタンディングオベーションを受け、名門・澤瀉屋の意地を見せつけました。この見事な代役劇は、「歌舞伎の神様に愛された若き才能」として大きな称賛を集めました。
また、團子の父であり、猿之助の従兄にあたる市川中車(香川照之)も座頭格として奔走。昼の部の代役を自ら務めるなど、一門をまとめ上げるために八面六臂の活躍を見せました。猿之助という屋台骨を失いながらも、若き團子の覚醒と中車の執念によって、澤瀉屋の灯火は絶やされることなく次世代へと繋がれました。