臨床データや相談掲示板、介護現場の記録を紐解くと、幻覚に直面した本人とその家族のリアルな苦悩が浮き彫りになります。
都内の認知症専門外来に訪れた70代女性の家族は、当時の異変を次のように語っています。
「母が突然『畳の隙間から小さな黒いムカデが何十匹も出てきているから殺虫剤を撒いて』と青ざめて訴えてきました。私には何も見えず『気のせいだよ』と言ったのですが、母は必死に新聞紙で畳を叩き続け、夜も眠れなくなってしまいました。後にレビー小体型認知症と診断され、早期に受診させていればと痛感しました」
また、過重労働と睡眠不足が続いていた30代会社員のケースでは、オフィスのパソコン画面の端をゴキブリのような影が絶えず横切る感覚に襲われ、眼科を受診したところ異常なし。心療内科で自律神経の極度の乱れと診断され、休職と睡眠リズムの改善によって症状が完全に消失したという報告もあります。
これらの事例が示すのは、本人にとって「見えている虫」は錯覚などではなく、物理的な現実と全く同じ解像度で認識されているという点です。周囲が安易に否定すると、孤立感や猜疑心を深める二次的な被害を招きます。